和泉企画局日報

和泉企画局の業務日誌&局長の自由ノートです。

ボート祭1日目

ボート祭実行委員会広報部、北へ! 大川出撃編


このレポートは私と、SHKの先輩T氏が共同で執筆したものです。
prof.k の表記があるのが私の執筆部分です。
私の書いた部分は、多少の加筆修正が入っています。


29日・土曜日・天気はいやなぐらい晴朗無風


>報告者:prof.k


朝4時30分。
ボート部の方々(みんな、大会の補助委員さん)が練習に出てくるのを、編集しながら見てる。
ほの明るいだけなので、船の先と船尾にランプをのっけて颯爽と漕いでいく。
対岸に近いところはまだ暗くて、船や乗員が見えず、光がスーッと動いて非常に幻想的である。


朝4時50分。
大学の近所に下宿している後輩から電話。
「上の階の人がうるさくて寝れないので、今から始発電車でそっちに行って寝ようと思います」


朝4時55分。
目覚め始める部員たち、というか一番最初に目覚めたであろうの4回生1名。
朝の挨拶メールがメーリングリスト(連絡網)で回ってくる。


「けらった!」


…………!?
よく分からないが、責任者たるもの動じてはいけないだろう。
「けらったけらったばけらった」
と、これもメーリングリストに返しておく。
直後に後輩たちから批難や苦情のメールが続々と。
「もうちょっと寝ようと思っていたのですが……」
「朝から責任者がテンパらないで下さい」
「なんなんですか、いったい!?」
どうやら着信音で起きてしまった者が数名いたらしい。
いや、すまんな、みなの衆。おかげで遅刻者は1名しか発生しなかったわけだし。


>報告者:dj Titan


午前7時。
JR環状線桜ノ宮駅集合。天気は曇り時々晴れといった感じである。
遅刻する者、始発で来る者、いろいろいたけど、
昨日から現地にいる会長へのエサをコンビニで買ってとりあえず会場へ。
毎年会場の仕様が変わる素敵な状況の中、会長と技術チーフを中心に機材設営に取り掛かる。
1回生の実地訓練も兼ねているので、例年通り1回生にもがんばってもらう。
豊富な人員と、通常時の昼休み放送の経験が活かされ、準備が思ったより早く済む。
(今年の勝利の鍵は、会長&技術チーフが、本部&移動先できっちり指示を出せたことですな/会長談)
空いた時間でアナ課の面々が発声練習をしている。
設営、コードの配置(のべ500mぐらいのコードを維持しなくてはならない)など、
90分の見込みが1時間ちょっとで終了。


>報告者:prof.k


午前7時20分。
部員が続々と集合してくる。遅刻者も想定より少なく、すばらしい状況の開始である。
とりあえず買ってきてもらったオニギリを瞬間でがっつく。お茶をラッパのみ。
買ってきてもらったミネラルウォーターを頭からかぶって、顔を洗ってしゃきっとする。
一応、会長になってから初めての最大級のイベントなので、
こう、かっこつけて訓辞とかもなんとはなしに用意していたわけですよ?
「放送においては、小さなミスは現場では気にするな! 帰ってから気にすればよし!
 大きなミスと事故はないように!」
「ボート出艇者は楽しんで勝利を!」
うん、かっこよく書くとこんな感じ。
実際は誰にでも丁寧語で話すクセそのままに、威厳もへったくれもなかったような気もするが、
まあ、何もしないよりはいいでしょう。


そのまま設営へ突入。
技術チーフを、幅200mある会場に点在するスピーカ設営、私が本部および電源確保の指揮を執る。
技術畑出身でよかった……と思えるこの瞬間であった。
そうじゃなければ、本部の放送機材一式の組み立て、移動先でのコード保全、電源確保、
すべて技術チーフ1人で指示を飛ばすハメになるのである。


>報告者:dj Titan


午前9時。
いつの間にか午前のレースが開始する。
開会式のほうに技術班を中心にした現役2回生を優先的に回すため、
アナ席にアナウンス課の1回生、連絡・サポート係にボート祭経験のある会長、ミキサーに私が座る。
いろいろ指導(&機材チェック)しながら音楽をかけて、レース結果を伝えてもらう。
なぜかボート部が最初っから混乱している。
トランシーバーで飛び交う情報にてんてこまいな会長。「うーん、こんなものか……」


午前10時45分。
11時ジャストから開会式が始まる予定。
何か直前まで打ち合わせをしていたのは気のせいだろうか?
開会式の司会は1回生の新人君で、普段の放送では天気予報を担当している。
残念ながら私は放送席に留守番をしていたので彼の勇姿は見られなかった。
機材の一部(開会式にために半分以上の機材を移動)と、開会式中は試合が無いため、暇な時間を過ごす。
ヒマなので、会長がヘッドラインニュース作成&ヒマつぶしに持ってきていた
ラップトップPCを使って現地レポートを書き出してみる。


開会式と進水式合わせて2時間近くあると聞き、欠伸がでる。


>報告者:prof.k


午前11時。
開会式。司会は、すぐ唇が乾くと嘆く1回生の新人君が担当。
2時間、直立不動で飲料摂取不許可という、彼にとってかなりの試練であったようだ。
開会式は直前までゲスト様(他大学の応援団チアリーディング部の方々が応援にかけつけてくれた)が使用する
曲のタイトルが直前まで分からなかったり、
来賓の方が会場にいらっしゃったものの、開会式直前に、用意していた祝辞を司会者に読むように頼みに来たり、
かなり直前までバタバタしたものの、無事に終了したのであった。


……私は舞台袖でマイクの出し入れだけしてました。


>報告者:dj Titan


午後12時30分。
開会式が終了して機材と人が戻ってくるも、
『SHKチームワーク号』(1・2回生組)の出艇
(つまりレースに出場するってこと)が近いため乗組員5人は船台へ。


残された部員と、絶望的に積み上げられたスピーカコードの山。
どうやら開会式に持っていった100mコード、50mコードがみごとに絡まった様子。
この2本は場内スピーカにも使うものなので、早急に使いたいわけだが……
会長が、船に乗りに行かなかった1回生2人に、投げやりに押し付けていたのが印象的。
(試合が再開するから、連絡役の仕事にもどっただけです/会長後日談)
30分ほどでコードをきっちり仕分け、放送業務にもどせたのであった。


さて、『SHKチームワーク号』であるが、直前の情報によると、
「今年はまあ、練習ぐらいのつもりでいいんじゃないですか?
 練習見ましたけど、勝てそうにないですよ」
とのことであったが……見事ぶっちぎりで1回戦は勝利し、放送席でも歓声があがる。
帰ってきた『S号』の面々を祝福して、人がいるうちに交代で昼食をとる。
今年は平和に食事にありつけた。去年は弁当屋の配送が遅れて、
各現場から悲惨な連絡が飛び交っていたからなぁ。
「ゴールから本部! 弁当まだっすか!? もうもちません!」
「放送席から本部へ。弁当はまだつかないですか?」
「本部から各部署へ。あと30分持ちこたえてくれ!」
まるで、弾薬や補給の尽きた戦場さながら。


午後2時。
そしてSHKの新戦略『ヘッドラインニュース&ウエザーリポート』を放送する。
これは会長のノートパソコン&AirH"を利用して、その場でニュースソースを選んで原稿を作って、
その場で2時間ごとに定期的に放送しちゃおうというもの。
考えてみれば、ノートPCを2日間、日ざらしざらしって状態に置くわけなのか・・・・・・
後々聞くことになるが、これがわりと好評だったようで、
ボート祭両日とも午後から不安定な天気だったので天気予報はかなり良かったようである。


午後2時30分。
昼食後に『すごくはやいかもしれない2世号』(2・4回生組)の面々がレースに出る。
この船、前会長が乗船する予定だったのだが、用事のため参加できず、
急遽予定になかった&練習に参加していない会長を
スクランブル登板させるという不測の事態に。
そしてぶっちぎりで勝利し、またも放送席で歓声が上がる。
(さすがに漕ぎ手4人は、全員ボート経験者である。というか3人が去年の準優勝メンバー。
 会長も今年は練習に参加していないが、
 2年間実行委員としてダミー艇(トーナメントの試合数調整のための船)には乗っている)
ちなみに今年の掛け声はなんの因果か「ポン・ジュース!」である。
(普通なら「キャッチ・ロー」という掛け声)。
これは部員の1人がなにかのメモで「ポンジュース」を「ポンジュール」と書き間違えたことに由来しているらしい。


帰ってきた『す号』の面々を祝福して、再びSHKは通常業務へ。
まったりした雰囲気の中、OBさんがお子さんを連れて会場にお見えになる。
年相応のわんぱくで元気なお子さんで、こちらもやや汗をかくことになる(笑)


午後3時。
そして『S号』が出艇し、何だかんだ言いながらも2回戦突破、明日の準決勝進出を決める。
前評判を大きく上回る戦績である。
ちなみに軽く書いてるが、出艇するとレースの前30分を船の乗り場、スタート地点で過ごさねばならず、
放送席は常に『S号』あるいは『す号』がいないという半分の人員で切り盛り、
しかも会長も技術チーフも同時に出撃という楽しげな状況を引き起こすことに。


『S号』がゴールする直前、みんなの歓声の響き渡る中、会長が絶叫。
「明日も半分の人員で放送席切り盛りですか!? というか
 2艇とも決勝に残ったら部員12人中10人が放送席からいなくなるんですが!?」


>報告者:prof.k


午後3時30分。
続いて『す号』が出艇するも、最後の追い上げ及ばず、2回戦で敗退。
(3艇でレースするのだが、1艇はボート部員4人、もう1艇は元ボート部員1名が乗船していた)
負けて悔しいようなほっとしたような……


午後4時前。
ボートが次々出艇していく中、MDデッキ1台が不調をきたす。
どうやら、デッキの隙間から強い西日が差し込み、リーダーがボケたらしい。
去年はMD2・CD1(持ってきているすべての機材に相当)が同時に不調になったこと、
そしてポータブルのMDとCDをかき集めて放送したことを考えると、被害としては軽症であると判断。
技術課員が即座に、サンルーフをダンボールで簡易的に作る。
(ちなみにこのコたち(MD.CD)は、去年も今年も部室に持って帰れば問題なく動いている)


>報告者:dj Titan


午後5時過ぎ。
このあたりからそろそろみんなの動きが鈍くなりだす。さすがにこの時間だと疲れが目立ってくるか・・・・・・
頭を抱える会長の姿が印象的だった。
というか、この人、
昨日の晩、寝ずに作業してるハズなのに、どうしてこんなに元気なんだろう?


最終レースにあたり、Bump of Chicken の「sailing day」を大音響でかけて、
アナウンスをして1日目の放送業務終了。
撤収作業にあたり、みんなの動きが鈍いせいか、会長が頭を(以下略
とりあえずこの日は会長を残して帰宅するのであった。


1日目のまとめ。
大きなトラブルも無く、心配していた雨もボート祭及び我々に影響が出るほど降らなかった。
マイクの音量下げる前に喋ったり、アナウンスをかんだりしてたけど、
1回生の面々にはいい勉強になった…はず。
全体的に和気藹々としてて、レースでも盛り上がってたし、かなりいい雰囲気だった。


>報告者:prof.k


午後6時。
最後の場内アナウンスを流して、業務終了。
まあ、全体としては問題なく動けたかなぁと思う。
最後の撤収作業がもうちょい早ければ、ということぐらいだろうか。
1時間ちょっとかかっていたように思う。


午後8時。
泊り込みの応援団の方々と夕食に出かける。今日のメニューはにんにくラーメン。
ちなみに宿泊するテントは翌日更衣室に使用するテントらしい。
しかもその半分は女性陣の更衣室になるらしい。
……大慌てでコンビニで口臭止めを大量購入して、がばがばぼりぼり食べる。


こう、さりげにテントで宿泊しているが、元来であれば、
前日から運び込んでいる機材や、応援団の太鼓・団旗(絶対に団員が1名以上随伴する必要があるそうな)
設置しているテントの保安巡視の巡回が目的である。
基本的に主催団体の体育会と応援団が警備の任務に当たっていて、
放送研究会はその任務からは外れているが、去年の台風で、機材の急な搬送の必要性が確認され、
やや宿直が慣例と化してきている最近である。


午後9時過ぎ。
交代で近所の銭湯へ。やはり大きな風呂はいい。
眼鏡をかけて入るのを忘れ、髭そってあごのあたりをさっくり切ってしまう罠。


午後10時。
川辺で湯冷まししながら、部員たちに連絡網でお疲れ様でしたメールを流す。
ちょこっと、撤収の時の注意も入れておく。
まあ、細かいことは明日の朝の訓示で言えばいいんだろうけど。


午後10時過ぎ。
花火大会開催を決意する実行委員長。どうやらヒマらしい。
3回生の実行委員が金を出し合って、2回生をパシらせる。(めずらしく1回生は誰も泊まっていない)
花火大会が始まる。いきなり線香花火から。 しかし、しんみりするわけはない。10本いっきにやったりしてるし・・・・・・
で、テンションがあがってくる。(ちょっぴりお酒も入っていたし)
そのまま、普通の花火が始まる。
どうやら応援団の2回生の1人。花火が苦手らしい。
ひたすら花火をもった上回生や同回生に追い掛け回されていた。


午後12時。
消灯。11時ぐらいに「すわ酒呑んだ実行委員OBが大挙か!?」という
電話が本部長にはいったものの、委員長いわくの「襲撃」はなくなった模様。
交代で就寝。